ミャンマー・タイ旅行記(タイ編) ~その3(最終話)~

<前回の記事(ミャンマー旅行記 ~その2~)>より

 

前回までの旅行記2話は、ミャンマーの旅行記について
お話してきましたが、今回はタイ編です。

 

 

この旅行の中で、最初の3日間は
ミャンマー・ヤンゴンに滞在しましたが、
その後1日だけタイ・バンコクに滞在しました。

 

 

 

 

ちなみに、私はバンコクへは
年に1回くらいは来ていますので、
バンコクに来るのは10回目です。

 

 

 

 

バンコクの観光スポットも行き尽くしたので、
今さらそんな場所に行く訳でもなく、
旅行記としてあまり書くことはないのですが、
この場所は、私にとっては非常に思い出深く、
強烈に印象深い場所でもあります。

 

 

今から9年前の話にですが、2008年にバンコクに来た時、
デモに伴う空港閉鎖に巻き込まれ、帰国便が飛ばない
と言う大変な目にも見舞われました。

 

 

タイと言えば、デモがちょくちょく発生する印象が
あるかと思いますが、この時はとある政治的事情と
タイミングが重なって、私がちょうど帰国する日に
デモ隊に空港が占拠され、全ての空港機能が麻痺しました。

 

 

私は何も知らずに帰国便に合わせて
空港に来ましたが、空港に着いて初めて、
とんでもない状況が起こっていることを
知ることになりました。

 

 

空港内のフライトスケジュールのモニターを見ると、
全ての便が「Canceled」(欠航)
となっています。

 

 

私たちはしばらくは空港内で様子を見ていましたが、
近くで爆発が起こったりもしました。

 

 

そこそこ危険な状況になり、そこにいた一般の利用客は、
タイ航空が密かに準備してくれたバスで裏道を迂回して、
空港敷地内から脱出すると言う
なかなかスリリングな事態に直面しました。

 

 

ちなみに、バンコクと言う街は
東京と遜色のない大都会ではあるのですが、
空港が使えなくなると地理的に、
陸の孤島と化する要素があります。

 

 

バンコクの空港は色々な要素が相まって、
成田を遥かに凌ぐ本数、
世界中から様々な定期便が就航しています。

 

 

裏を返せば、この空港が使えなくなると、
必然的に陸の孤島状態になり、
当然のようにバンコクだけでなく、
タイ全土で大混乱が生じます。

 

 

それで、この時の私たちが直面した問題は、

 

空港閉鎖が解けて、
フライトが再開するまで、
バンコクからは帰国できない

 

と言う問題です。

 

 

ただ、空港閉鎖解除の目途は
全く立っていませんでしたし、
空港占拠も数週間に渡りそうで、
長期化しそうな雰囲気もアリアリでした。

 

 

当然、私たちも仕事などもありますし、
このまま無期限で事態が落ち着くまで
バンコクに留まる訳にもいかなかったので、
私は空港再開までこのまま待つのではなく、
別の方法での脱出を模索しました。

 

 

まだスマホとかのない時代だったし、
PCも持っていっている訳でもなく、
ネット環境も今ほど便利ではなかったので、
情報収集が大変でした。

 

 

日本大使館や現地の旅行会社などを活用しつつ、
自分たちが使っていた航空会社とやり取りを重ねて、
空港閉鎖から3日後に、別の方法で脱出計画を
実行しました。

 

 

その方法とは、
陸路でタイを出国し、
第三国からの飛行機で帰国する

と言う方法です。

 

 

その中で唯一手配できて、
実行できる可能性があったルートは、
何らかの方法でバンコクから
2000km離れたシンガポールまで行き、
シンガポールから成田に帰ってくるルート

です。

 

 

私たちが使っていた航空会社は、
元々のバンコクからの帰国便のチケットを
無償でシンガポール便に振り替えてくれましたが、
問題はその振替便は2日後の便だと言うこと。

 

 

ちなみにバンコクの空港閉鎖の煽りを受けて、
タイ全土の空港も予約が埋まっている状況だったので、
タイを出るまでは飛行機は使えません。

 

 

そうなるとタイを出国するためには
陸路しか手段はない訳ですが、
タイはまだ途上国でもあるので、
鉄道は「電車」ではなく「汽車」です。

 

 

汽車と言うのは、時速50km程度のスピードで、
著しく遅いです。

 

 

計算上はシンガポールの振替便の時間には
ギリギリ行けるのですが、行程中の途中で
何らかのアクシデントが発生すると、
中途半端な場所で道が途絶えてしまう
リスクもありました。

 

 

ただ他に手段はなかったので、リスクを承知の上で、
バンコクから1200km離れたタイの南部の
国境付近の街(ハジャイ)まで
18時間以上かけて鉄道で行きました。

 

 

次にそこからタクシーを手配し、
300km離れたマレーシアのペナン島まで行きました。

 

 

そして、ペナン島から500km離れたシンガポールに
飛行機で行く脱出計画を実行しました。

 

 

 

↑ この写真は、脱出計画開始の地、
バンコク(ファランボーン)中央駅
 
※この写真は、今回撮影したモノです。

 

 

移動の途中で電車の大幅な遅延や、
あるはずの乗り物がなかったりで大ピンチなどもあり、
タイムリミット切れしそうでした。

 

 

でも何とかギリギリ間に合い、結果的には
当初の帰国予定から6日遅れで、
無事に帰国することができました(^-^)

 

 

余談ですが、この時、私は1人で行っていた訳でなく、
もう1人同行者がいました。

 

 

その同行者は当時の私の友人でもあったのですが、
その友人、何とこの旅行が初海外だったと言う、
お腹いっぱいな冒険を体験することになりました(笑)

 

 

彼は初海外と言うこともありますが、
当然こんなアクシデントに見舞われると、
何をしていいか分からず、
その彼はただ固まっていました(^^;

 

 

元々はその彼が
 
「連れていって欲しい」
 
と言うことで、計画した旅行ではありますが、
私が中心になってプランニングした手前もあり、
 
「何とか少しでも早く無事に連れて帰らなきゃ」
 
と言う思いで、私も相当必死で脱出計画を探り、
実行したその当時の体験をここに来る度に
思い出します。

 

 

そんな大変な目にも遭ったバンコクですが、
私自身は大好きな街でもあり、その後も懲りずに
私はちょくちょく来ている街でもあるので、
やっぱりバンコクに来ると妙に落ち着きます。

 

 

 

 

そして私自身、このところ海外に行く機会は
最近は依頼仕事での来訪の方が多いのですが、
仕事で来るとどんな国や環境だとしても、
失敗はできないし、短時間の中で確実に必要な結果を
残さなきゃならなくて、何気に大変です。

 

 

でも、今回はプライベートの旅行だったので、
観光旅行らしく久々にプレッシャーもなく、
ノンビリとしたひと時を過ごすことができました。

 

 

たまには、そんなプレッシャーのない旅も
いいモノだなとしみじみと感じました。

 

 

今回の記事の大半は全然今回の旅の内容ではないのですが、
私の中に残るバンコクでの深い体験について
書かせていただきました。

 

 

全3回に渡る今回の旅記事を最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

 

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はじめまして、Photo Space Reborn(リボーン)の代表 Koozyこと、川本浩司と申します。

写真って、目に映る姿・形などの外見や外観がそのまま忠実に写し出されているだけの印象を受けるかも知れませんが、実は内側にある思いや考えなど内面的な部分まで再現されるんですよね。

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