Lycoris(リコリス) ~花炎(かえん)~

 Lycoris(リコリス) ~花炎(かえん)~

あの日 振り解(ほど)かれていった手を
もう1度 握り返すこともできずに
遠くへ 遠くへと 離れていく後ろ姿を
ただ 目で追うことしかできなかった

 

どれくらい時間(とき)が過ぎ去ったのか
いつしか 指折り 数えることも
いつしか 声を出すことも忘れて
無表情な日々が当たり前に流れていた

 

手から離れ 宙に浮かぶ風船のように
風に流されるまま 広い曇り空の中を
これから どこに行くとも知れずに
ただ ゆらゆらと漂い 彷徨(さまよ)っていた

 

それでも 新たに握り合う手を探して
輪舞曲(ロンド)を奏でるように 彷徨い続け
疲れ果て 立ち止まった路影(みちかげ)の先には
見渡す限り Lycoris(リコリス) が咲き乱れていた

 

 

目の前に降りかかった真実をごまかし
ただ嘘を重ねて 強がってばかりで
いつしか自分に素直になれないまま
ずっと 偽りの姿を演じ続けていた

 

「私」って存在(ヤツ)は 本当は誰よりも脆(もろ)く
どうしようもなく不器用で 格好悪くて
そんな姿から 目を覆いたくなったり
そんな姿を恨みもすることもあるけど

 

そんな自分の弱さからも目を背けずに
もう1度 正直に「私」と向かい合っていくよ
ありのままの素顔の私でいいから
もう1度 ここから「私」を始めていくから

 

これから 本当に握り合う手を探して
秋風に流されることなく 再び歩み始め
自分の足で 強く踏みしめた道の先には
見渡す限りの Lycoris(リコリス) が咲き乱れていた

 

 

1番大切なモノをどこに置き忘れたのか
時にその在処(ありか)を忘れることもあるけど
「再会の花」に導かれるように 気が付けば
本当に握り合う手は すぐそこにあるから

 

ここから先 どんな現実に見舞われても
素顔のままの私なら きっと大丈夫だから
目の前の花炎(かえん)に導かれるように 気が付けば
本当に握り合う手は すぐそこにあるから

 

ありのままの素顔の私でいいから
もう1度 ここから「私」を始めていくから

 

 

 

“Lycoris(リコリス) ~花炎(かえん)~
(2011年作品)  詞・Koozy
人はどんな絶望からでも、等身大のありのままの姿で立ち上がれることを
秋の一場面と共に描いた作品。

 

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